なぜか肉体を境に内外の線引きをして、なぜか自分の肉体の外に答えを求めてしまった。

前に『Lokah Samastah Sukhino Bhavantu』という投稿をしました。
(読んでない、知らないという方は、まずこちらからどうぞ)
こころに波が立ったとき
あたかも誰かに立てられたかのような気持ちになったとき
何もないとき
凪のように思えるとき
いろいろなシーンで、この言葉を想っています。

ゴールデンウィークあたりから、
こころのざわめきが
からだに出ている方が多いなと感じています。

時にそれは、からだの中を巡って
あたまでいろいろな変換をされて
ことば、となって現れる。
時にそれは、自分ではない(と思い込んでいる)誰かを傷つけるようにして
自分自身のことを傷つけている。

きっと、
自分のざわめきの正体を信じてないんじゃない
誰かにとって正しいことをしたいんじゃない

自分の幸せがどこにあるか気づいてるけれど
誰かにもそうだよそこだよ同じだねって言ってほしかった。

それは不要なのに
すでに信じているのに
それはすでに、すべてのものと一体としてここに在るのに

なぜか肉体を境に内外の線引きをしてしまった
なぜか自分の肉体の外に答えを求めてしまった。

もうそれはやめよう。

凪も荒波も
自分が作っている。
そしてそれが
すべてを作っている。

私の人生における思考、言葉、行動が
全ての存在の幸福と自由に貢献できますように。